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国士舘大学在籍&卒業のちょっとスゴイ人にクローズアップ!その活躍と内に秘める素顔を紹介する人気連載をWEBで公開!

足立夢実,インタビュー,シンクロ

自分の道は自分が知っている。

周囲に左右されない確かな感覚——

自分らしい“マイペース”の大切さ。

特別号 Adachi Yumi

足立 夢実さん(体育学部体育学科 2011年3月卒業)

 

1989年2月7日生まれ。埼玉県立浦和東高等学校出身。趣味と呼べる趣味はあまりなく、その時々で思い立ったことを行動に移す。'13年に引退したものの、今年7月には水泳の世界選手権で新種目の男女混合デュエットに出場。わずか5ヵ月の短い練習期間ながら決勝に進出した。国士舘大学シンクロナイズドスイミング部の監督を務める一方で、同大学のスポーツ振興課に所属。職員として世田谷キャンパスの学生とふれあっている。

 100周年記念事業の一環として世田谷キャンパスに建てられたメイプルセンチュリーホール。地下2階にある可動式プールで、昨年創設されたばかりのシンクロナイズドスイミング部は活動を続けている。第6回学生シンクロ競技大会では、チームとして見事優勝。勝利の立役者となったのが、弱冠26歳の足立夢実監督だ。指導者としてはまだ2年目ながら、選手としての実績は華々しい。

 国内最大の大会である日本選手権水泳大会ではソロ部門で金メダルを獲得。'09年には全日本ナショナルチームのメンバーに選出され、ロンドンオリンピックに出場。決勝で5位という成績を残した。身長が重視されるシンクロで159センチという小柄な体格にもかかわらず、世界トップレベルの舞台で活躍した本物のアスリートだ。一体どんな努力と苦労をしたのかと質問を投げかけてみたが、返ってきたのは意外な答えだった。

 「うーん、あんまり苦労をしたという記憶はないんですよね。中高の頃は、もっと普通に遊びたいと思ったこともありますけど、本気でやめたいと考えたことはなかったかもしれない」。シンクロをはじめたのは6歳の時。3歳から通っていた水泳クラブでその魅力を知った。もともと体が柔らかかったこともあり、シンクロに向いていたことも大きかった。11歳の時には全国大会で金メダルを獲得。シンクロ界で期待されるようになったプレッシャーは計り知れないものがあっただろう。

 「たしかに試合の前はものすごく緊張しましたね。今でも覚えているのは初めて表彰台がかかった時。競技に入る前に自然と涙が出ちゃったんです。あんな経験は後にも先にもあの時だけだと思います。でも、自分自身ではオリンピックに出られるような選手ではないと思っていたので。期待されることへのプレッシャーをそれほど重く感じたことはないですね。好きだから泳いでいたという感覚のほうが近いかもしれません」。

 とは言えシンクロの練習はかなりハード。全日本ナショナルチームとなればなおさらだ。多摩キャンパスに通っていた足立さんの学生時代は、ほとんどが全日本の合宿や練習で占められていた。「全日本のメンバーは全国各地に散らばっているので、練習は合宿が多いんです。期間はだいたい3週間くらい。先生に怒鳴られたりすることもありましたが、すべていい経験だったと思います」。当然学校も休まなければならなかったが、当時の先生たちの支えによって、無事に卒業することができた。「国士舘大学には学生時代から本当によくしてもらって、監督にまでさせてもらえるなんて、ありがたいことです」。

 足立さんの言葉は常にシンプルかつ明快で、あらゆる質問にまっすぐ回答してくれる。自身も認めるマイペースさで、周囲に左右されることはほとんどないそうだ。そんな性格ゆえに何事も自身の感覚を大切にしてきた。「引退を決めたのは、最後の試合前に“あ、これで最後だな”って感じたからです。試合が終わっても、その感覚は消えませんでした。いつもだったら“次はこうしよう”とか“こんな演技がしたい”と考えていたんですけど、最後の試合の後はそれがなかったんです。だから引退を決めました」。18年以上もトップレベルで泳ぎ続けた足立さんの決断は突然だった。周囲にもほとんど相談はしなかったという。「昔からそうなんです。自分のことは自分で決める。誰かに何かを言われて自分の道を曲げたことはないんですよね。ガンコと言えばガンコですよね(笑)」。

 国士舘大学からシンクロ部の監督を頼まれた時も、ほとんど即決だった。「選手時代から声をかけていただいてたんです。シンクロのクラブをつくってほしいって。ちょうど私も指導者の道を歩みたいと考えていたので、まったく迷わなかったですね」。新米監督と新設の部活。まるでマンガのストーリーのようだが、足立さんの目は“上”しか見ていない。「目標は学生シンクロ界のトップであり続けること。さらに世界レベルの選手を育てて、日本シンクロ界にも貢献していきたい。そうすれば学生時代から私を支えてくれた大学にも恩返しができるんじゃないかと考えています。今は部員8名ですが、いつかシンクロの名門と呼ばれるようにがんばりたいですね」。

 足立さんは国士舘100周年に向けて、シンクロ部の躍進を誓った。世界を知るアスリートだからこそ、結果にはこだわりがある。すでにシンクロ部は強化指定クラブとしても認められた。もっともっと上へ。高い目標に向けて一歩ずつ着実に歩みを進めた足立さんに迷いはない。

 「今所属しているメンバーのレベルをもっと高めてあげたい。かつて私が教わったことや学んだことを彼女たちに伝えて、私自身も必要とされる指導者として成長したいと思っています」。その自然体でポジティブなマイペースさは、きっと足立さんの夢を叶える大きな武器になることだろう。

 

※この記事は2015年10月29日発行号のものです。

足立夢実,インタビュー,シンクロ

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