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国士舘大学在籍のちょっとスゴイ人にクローズアップ!その活躍と内に秘める素顔を紹介する人気連載をWEBで公開!

サイード横田 仁奈
VOL.32 Saeedyokota Nina

サイード横田 仁奈さん(21世紀アジア学部2年)

 

1994年3月2日生まれ。藤村女子高等学校出身。新体操団体のメンバーとして昨年行なわれたロンドンオリンピックに出場。そのことについて水を向けても、「そんな、自分がスゴイとは思わないですよ!」と、トップ選手らしからぬ控えめな言葉が返ってきた。「自分から人に話しかけるほど積極的じゃない」と語るサイードさんの人柄が表れているひとコマだ。3年前から疲労骨折していたことが最近わかったものの、現在もナショナル強化選手の一員であり、合宿先の「味の素ナショナルトレーニングセンター」から大学に通う生活は4年にもなるという。

 新体操団体日本代表チーム「フェアリージャパンPOLA」の一員として、ロンドンオリンピックにも出場したサイードさん。今でこそY字バランスも180度開脚も朝飯前だが、習いはじめた6歳当時はとにかく身体が硬かったという。「しかも、その頃の私って猫背だったんです」。心配した家族のすすめで、近所の新体操クラブに通うことになった。その頃は無邪気に飛んだり跳ねたりするのがひたすら楽しかったという。やがて身体は柔らかくなり、猫背も矯正されていた。

 当初の目的が達せられたのだから、やめようと思っても不思議はない。ところがサイードさんは違った。「気がついたら、練習漬けになっていました(笑)」。上達するに連れて練習日は増えていき、小学校4年時には、平日は学校が終わると17時から22時まで、さらに土日は1日中練習と、ついに休みの日がなくなった。何を隠そう、彼女が6歳から通っていた近所の新体操クラブというのが、多くのオリンピック選手を輩出した名門クラブだったのだ。 中学に入ると、夜中の1時半まで練習、などということもザラだった。同級生が放課後遊びに行く中、サイードさんは練習に行かねばならない。しかも、新体操という競技はプロポーションの維持が不可欠だ。食べ盛りの10代にとって、体重管理の厳しさは想像を絶する。あまりのつらさに、一時は「もうやめたい」が口癖になっていた。にもかかわらず、中学3年の時、「フェアリージャパンPOLA」メンバーのトライアウトにチャレンジ。オリンピックの舞台に立ちたい―理由はただそれだけだった。

支えてくれる人への感謝と

期待に応える責任感――

新体操から得たかけがえのない宝物。

 「それまでの私は、友達と一緒に楽しく新体操を習っているだけで、明確な目標や一生懸命頑張ろうなんて気持ちは全然ありませんでした」。オリンピックという夢を持ち、トライアウトに見事合格したことで別人のように変わった。

 オリンピックの舞台に立つには、高いモチベーションや少なからぬ負けん気が必要だが、彼女自身はそういった資質を持ち合わせている自覚がない。ただ、誰にも負けないと自慢できるものが、一つだけあった。「ずっと一緒にやってきたクラブの友達やコーチの存在です。私にとって何より心強かったし、友達の支えがあったからここまで頑張れた。中学に入ってから本当に練習がつらかったけど、それでも乗り越えられたのはみんながいたからだと思うんです」。

 何度もやめようと思いつつ13年間新体操を続けてきて、踊る楽しさを知り、オリンピック出場の夢も果たした。「やめることは簡単だけど、あの頃の私はやめることが何を意味するかもわかっていなかった」。今はわかる、感謝する人たちのため、前向きに責任を果たすことの大切さを。

 

 

 

 

 

 

 

 

※この記事は2013年12月13日発行号のものです。

サイード横田 仁奈

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